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ホ・オポノポノと般若心経

般若心経について

私はとあるきっかけからこのオールマイティなお経を覚えることになりました。
たまに、夢の中でまで唱えちゃうくらいに身に染み付いてしまっています。
夢でおばけに襲われる場面になると私は般若心経を唱えます。必死に唱えます。
寝言で般若心経を言っているそうです。

実は般若心経は未だに意味を理解できないままでいます。
ネットや書物で解説を探してみたり読解を読んでみたり、かれこれ30年近く探究してまいりましたけども、
言ってる意味は分かってもどうしても真の理解ができないまま。
つまり、頭では理解していても、身体で体得していない、ということです。

「色即是空」ということばが有名ですが、ここが一番難しいところでもあります。
なぜこの部分が好きなのかというと、そういう世界があるんだ、(世界はそういう風なんだ)と、
受身で情報を得る分にはとても嬉しくも楽しくも喜びでもある部分なのです。
この世は「在るようで無い」ということです。

私は「この世はまやかし」だ、と理解しています。



ある書物から。

般若心経は生涯、理解できないものかもしれない。
理解とはすなわち悟りだから。
理解できたということは、既に悟りを開いているということ。

とのことで、だったら理解できないのは当然なのかなって思うけど、
どうしたらその世界は見えるのでしょう。
それは目で見えるものではないのかもしれない。
人間は目で見て理解を得ようとするけど、
実際はそういうものじゃないのかもしれないです。


じゃあ悟りってどうやって感じるものなんだろう。
この世の中はすべて空だと、頭で理解するのではなく、
心(魂)で感じるものなのかなと。
 


お釈迦様は修行でその「空」の悟りを見つけました。
私の周りには、ハワイでホオポノポノを学んでいるうちに境地を見たという人が何人かいて、
人間は極めれば何かを発見し、悟りに近づくのかもしれないと思った。
そこに達していない私はまだまだ修行が足りないってことなんですね。

般若心経は、何も考えずただ唱えるだけでいい。逆に、何も考えてはいけない。
無の心で唱えなければいけないのです。

無の心でただ唱える。簡単のようで難しい。
この本気の無心状態は未だに達成した記憶がないんです。


ホオポノポノって?

ホオポノポノも同じく、ある4つの言葉をただ唱えるだけでいいと。
何も考えず、ただ心に思うだけでいい、それだけで良いといいます。

ありがとう
ごめんなさい
許してください
愛しています


それだけで自分の周りに変化が起き、社会が変わり軌跡が起きるのです。

すごく簡単!!
本当に簡単だけど、
でもそれが一番奥深いところで、
この4つのことばがとても意味深だし、
唱えるだけですべてが好転するんだと言い切ってるとこがすごいんです。


とにかくやってみようと思う。どうなるのか、
実験、体験。

確かに、
言葉の力って不思議で、

愛してる、って心で言ってみると、ほんのり少しだけ心が和やかになるっぽい。
ごめんなさいって、謝るところじゃなくても心で言ってみると、やっぱり心が少し清められる感じを受ける。
許してくださいって言ってみると、自分の過去の気になる部分が拭われる気もする。
ありがとうって言うと、人が好きになる。

特に誰かにこの言葉を発しているわけじゃなくても、
自分自身、心で唱えるだけでそんな気持ちが湧いてくる。
無意識へ働きかけてる。
表面上ではただ言葉を発しているだけだという認識だけど、
言葉による精神への働きかけが無意識に行われているってこと。

言葉を唱えるだけ = 奇跡が起きる

という簡単な方式。

般若心経もホオポノポノもまったく違うものだけど、ちょっと違うようでなんか似てる。
唱えるだけで自分が良い方向に向かう、って無理もないし少し嬉しい。
ちょっと頑張って実践してみてます。

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